RPG を避けていたわけじゃないけれど……
ここ数年、RPG をちゃんとプレイしていない。面白そうなゲームはジャンルに隔てなくチョイスして遊んでいるつもりなのに、どうしたことだろう。様々な憶測が浮かんだが、最終的にひとつの答えにたどり着いた。自分にとって遊びたいと思わせる RPG が登場していなかっただけだ。きっとそうだ、そうに違いない! ということを逆説的に証明するためにも、すこぶる前評判のよい Xbox オンリーの RPG、Fable™ をプレイして、是が非でも楽しまなければならないのだ!! と自分自身を意味なく追い詰めたところで、ゲームスタート。
プレイヤーが操作するのは、とある村で普通に暮らしている少年。姉貴の誕プレ (誕生日プレゼント) を買うため、“いいこと”をして親父から駄賃をもらいましょう、という何ともノンビリした状況からゲームは始まる。人物やフィールドのグラフィックは丁寧に描かれていて、操作に対するプレイヤーキャラの反応も快適そのもの。これといった不満がないかわりに、一気に魅了される要素も見受けられないなぁ……と冷めた調子でブラブラ歩き出してみたのだが、その第一印象はすぐにうち砕かれた。衝撃の瞬間が、さっそく訪れたのである。倉庫を所有しているおっさんに話しかけると「しばらく倉庫を留守にするあいだ、私の代わりに見張っていてくれ」と頼まれたので、これも“いいこと”の 1 つと思い、木箱のそばでおとなしくつっ立っていた。すると、どこからともなく生意気そうな少年が現われ、あろうことか「見張りなんてやめちまえ」「(木箱の) 中には金目のモノが入っているぜぇ」と身振りつきの音声で煽り始めたのだ! 突然のアクティブな展開にしばし呆然としていると、少年は「この意気地なしめ!」の捨てゼリフを残し、去って行った……。 プレイヤーの選択によって主人公の魂が善にも悪にも傾いていくのが Fable の大きな特徴、というのは前情報で知ってはいた。だが、その選択肢がゲーム中にどう反映されているかという点に関しては、プレイ前の安易な想像をはるかに上回っていた。単に“善人ルート”か“悪童ルート”かをゲーム攻略的に判断し、自分好みのルートを選択する、という単純なものではなく、まずモラルが問われるシチュエーションそのものが魅力的に提示され、その時に善・悪どちらの行為を選んだとしても一抹の後悔をはらむ……というもの。自分 (プレイヤー) 自身の“心の微妙な傾き具合”にこそ、本システムにこめられたテーマの核心があるような気がした。
“ゲームの中でこそ気兼ねなく出せる本心”に 向かい合うための 1 本 |
今回プレイできたのは、プロローグ的な少年時代編と、チュートリアル的な英雄ギルド編を終えて 2、3 のクエストをこなしたあたりまで。剣、弓、魔法という 3 タイプの攻撃アクションを使って戦闘を行うのだが、その使いわけは一見複雑に見えるけど慣れてくると小気味良く、好みの戦闘スタイルに特化できる成長システムもあいまって、アクションゲーマーとしての資質を (腕前のほどはさておき) 存分に発揮できる仕様であることを実感。 前述した、プレイヤーの心のあり方が問われる場面にしても、クエストの流れでいかにもイベント的に提示されたり、通常時の何気ない行動パターンにこっそりと提示されたりなど、さまざまな形で挿入されており、いい意味での“緊張感”をつねに感じながらのプレイとなる。それは、“おつかい型イベント”の繰り返しで壮大なストーリーが何となく進行していく作品よりも、はるかにエキサイティングだと思う。繰り返しプレイを念頭においた場合、今回はひたすら善、今回はひたすら悪……とつねに一貫した態度を取り続けるのが効率的なのかもしれないけど、せめて自腹購入後の 1 回目のプレイでは、悩ましいシチュエーションひとつひとつに正面から向かい合い、「自分だったらこうするのが好き」というモラルの嗜好性を徹底的に追求していきたい。 “ゲームの中だから平気でつけるウソ”よりも“ゲームの中でこそ気兼ねなく出せる本心”のほうに興味がある私にとって、Fable はとても魅力的な RPG なのだ。
【Writing : 戸塚 伎一】 【筆者紹介】 非営利ゲーム戦士団体 U.S.G. 所属のフリーライター & 漫画かき。RPG をプレイしなくなったのは寄る年波のせい? とも思っていたが、Fable をプレイする機会に恵まれたことで、そうでないことが見事証明 (?) され、ホッとしている。
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